Ration Type K
Ration Type Kは一般的にK-レーションと呼ばれる、第二次世界大戦で多用された米軍個人携帯用戦闘糧食です。

k−Ration開発の秘密
 第一次世界大戦の教訓から戦場での食に関する研究は各国で進み、アメリカでも陸軍補給部隊研究開発局を中心に様々な研究が行われました。 その結果糧食を配給状況によりA〜Dの4区分に分け、A-Rationは基地やキャンプで食べるギャリソンレーション、B-Rationは戦地のフィールド・キッチンで纏めて調理されたり、後方で調理してから運搬された食事、または大型缶詰などグループで分けて食べる食料 C-Rationは戦地で温食の配給が出来ない事を前提として配給される個人向け携帯食料、 D-Rationは携帯性重視の非常食としていました。  第二次大戦はじめ、当時ヨーロッパにおけるドイツ軍の電撃作戦は米軍にも衝撃を与え、軍上層部もこれからの戦闘は機動戦が重要な鍵を握ると考えます。 その頃の個人携帯用戦闘糧食にC-Rationが準備されていたのですが、これは箱詰めされていない6個の缶詰をそのまま支給する物で、重く嵩張るという難点がありました。 そこで迅速に機動展開する兵士たちが自分たちで携帯し、邪魔にならず、必要な栄養を簡単に摂る事が出来るような、C-RationとD-Rationの中間に位置する軽量レーションが求められるようになり、 これがK-Ration開発のきっかけとなりました。 まず軍では開発コンセプトとして 1. 戦闘用レーションで、緊急用レーションとは見なされない事  2. 軽量コンパクトで楽に持ち運べる事  3. 栄養的にバランスが取れていることなど9項目にわたる要件が示されました。  さて、軍の要望を受けたミネソタ大学のサブシスタンス・リサーチ・ラボラトリーは、新型レーションの開発に着手します。 最初は現在のエネルギーバーのような物が考案され、それはビスケット状で、肉やジャムなどを混ぜて固めた「ペミカン」と呼ばれる物でした。 しかしそれはお世辞にも食欲をそそる物ではなく、テストは散々な結果に終わります。 (余談ですが当時、日本でも同じようなコンセプトで、肉入り乾パンなどが作られましたが、これも連食に耐えられる物ではなく、結局採用される事はありませんでした。) 時をおなじくして、当時軍ではパラシュートによる敵地侵攻作戦が考案され、それに伴い空挺部隊が発足します。 敵地奥深くにパラシュート降下した隊員は、降下した後、徒歩での移動が前提なので個人で携帯できる重量に限りがありながら、本隊が到着するまでは持っている装備だけで戦い続けなくてはなりません。 その為おのずと武器弾薬を沢山携帯したい、替わりにその他の装備は出来るだけ少なくしたいと考え、空挺部隊用の特殊軽量レーションの開発が必要となりました。 空挺部隊の要求は空挺服のポケットにすっぽり収まるサイズ(6インチ×2.5インチ×1インチ)以内、そして食塩タブレット、チョコレート、ピーナッツ、レーズン、濃縮スープ、固形ブイヨン、粉末フルーツジュースなどを内容物として入れると言う物でした。 この要望に従い開発を進めていく中で、先ほどのペミカンビスケットに乾燥ソーセージやドライケーキなどを組み合わせた試作品が出来上がります。 所が実際テストしてみると、濃縮スープは調理に30分以上時間がかかり、また短期の作戦で使用される特殊レーションに食塩タブレットは不要であるという意見も出されました。 その後1941年7月、試行錯誤の結果、開発サイドは比較テストの為に2種類の試作品を作り、さらに朝昼晩用3タイプのバリエーションも作られました。 これらは野戦を想定した最終試験において満足な結果を出し、、開発者のアンセル・キース博士の頭文字を取り、K-Rationの名称を与えられ、1942年5月、陸軍に採用される事になります。
しかし採用された時点ではまだメニューが確定しておらず、その後もテストは続けられ、終戦を迎えるまでの間、様々なバリエーションが登場しました。
K-Rationの外観
K−Rationは朝、昼、晩のユニットが用意されて、各々93×180×42mmの紙製箱に1食分が収められます。 1食あたりの重量はメニューにもよりますが900g程。 箱は二重構造になっており、外箱には「BREKFAST」「DINNER」「SUPPER」とユニット名が大きく表示されています。 包装も度々変更され、初期の物は薄茶色の厚紙地に直接「U.S.ARMY FILED RATION K」 さらに Breakfast Unit  Dinner Unit  Supper Unit と文字だけが印刷されていましたが、1944年4月頃からカモフラージュ風の模様が入るようになり、一目でユニットを識別できるようになりました。
初期の研究段階では外箱の中と外を二重にビニールで包装したり、上下の蓋が金属製で胴体が繊維製で紐を引くと容易に開けられる外箱を含む、様々な外箱がテストされましたが、結局は単純な厚紙製の箱が採用される事になります。
外箱の内側にもう一つ中箱があり、こちらは簡単な防水ケースになっていて、紙に防水の為の蝋が込ませてあるため水に濡れず、火をつけるととても良く燃え、缶を暖めたり、コーヒーやブイヨンを作るお湯を沸かす燃料にもなりました。

下の写真にあるK-Rationは復刻版ですが、当時のK-Rationを忠実に再現しているので、これを元に箱の解説をしましょう。

独特のデザイン印刷がされた後期型K-Rationのパッケージは、一説では捨てられた箱が上空から偵察に来た敵の目につかないようカモフラージュ効果を狙った物だとされていますが、 このデザインが施される頃には既に、ヨーロッパでも太平洋でも殆どのフィールドで制空権は連合軍側にあり、そのような配慮をする必要は無く、ましてやポケットに収まるくらい小さなK-Rationの箱が、上空数百メートルから発見される可能性はほとんどありません。
(多くの資料に迷彩の為という説明がされていますが、ブレックファーストユニットのデザインはとても迷彩柄とは言えませんし、ディナーユニットの印刷に青色を使うことも迷彩効果を考えれば疑問です。 アメリカ陸軍発行のYANK誌1944年4月21日号にも「ファンシーな新型の箱」と書かれているので、迷彩的な意味は極めて薄い事が分かります。)
 つまり、あくまでユニットを一目で判別するためのデザインでしか無かった訳ですが、なぜこのようなデザインを施す必要があったかと言えば、それは朝、昼、晩食ユニットが一緒に梱包されて現場に届けられていた事が要因です。 具体的には一つの木製大箱に朝、昼、晩食ユニットが各12個ずつ、計36食が一緒に纏められており、このデザインが採用されるまでのK-Rationは同じような見た目だった事から、度々同じユニットが不注意で重複したまま配給されてしまいました。 その場合一日に同じメニューを2回、運が悪いと3回ともまったく同じ物を食べさせられる羽目になったわけです。
大箱の中のK-Rationは立てた状態で詰め込まれていたので、そのようなミスを防ぐ為にも、外箱の両側面にはユニットの頭文字が大きく印字され、一目でそれが何のユニットかも分かるように配慮されていました。

K-Rationの外箱には他にも様々な印刷がされていて、正面(上面)には朝昼晩食ユニット名の他にレーションの種類(Kレーションである事)や 「内箱を開けるときは注意せよ、この箱はタバコやマッチなどを入れる防水ケースとして使用できる。 敵に見つからないように缶や包み紙のゴミは慎重に隠せ。」などの注意が書かれています。
また背面には簡単な内容物の説明と、その食べ方も説明されていました。

 

その他の側面にはパッキングした会社名と、反対側にはマラリア予防の注意書きが書かれていました。
「マラリア地区ではシャツを着用し、袖は下げておく事。 日没から日の出の間に外出する際は虫除け薬を使用すること」

  

箱は二重構造になっているので、中からさらに蝋引きの防水コンテナが出てきます。

 

中箱にも大きくユニット名が印刷され、両側面にはユニット名の頭文字も印刷されていました。
あとパッキング会社名の印刷はありますが、注意書き類は中箱にはありません。

K-Rationの中身
K-Rationは一個の缶詰とクラッカー、が基本となり、さらに粉末ドリンク、ガム、キャラメルやチョコレート、タバコなどが組み合わさり1食分を構成しています。  食品は粉末ドリンクを除き、どれもがそのまま食べる事が出来て、缶には缶切りと木製スプーンがそれぞれ付属します。

  

缶は当初四角形の物が入っていたのですが、製造に掛かる手間とロスが多いため、後に丸い缶が使われるようになりました。
缶の開封には切り掻式き缶切りではなく、キーと呼ばれる巻き取り式の缶切り金具が使われ、これは各メニューに一個ずつ入っていました。
(巻き取り式の缶切り金具とは、コンビーフの缶切りと同じ物です。)

  

こちらは実物1944年ごろのK−Rationの中身。 

K-Rationのメニュー
K-Rationのメニューは頻繁に変更が加えられ、手元にある資料だけでも、例えば同じ年式のはずなのに全く違ったメニューが記載されていたりするほどです。 
参考までにメニューを表に纏めて見ました。
年式 BREAKFAST DINNER SUPPER
1941年12月 デフェンスビスケット
グラハムビスケット
仔牛のランチョンミート
麦芽ミルクブドウ糖タブレット
チューインガム
ブイヨン・チューブ
角砂糖
デフェンスビスケット
グラハムビスケット
ポークランチョンミート
ブドウ糖タブレット
チューインガム
コーヒータブレット
デフェンスビスケット
グラハムビスケット
ソーセージ
D-レーション
(濃縮チョコレート)
チューインガム
レモンパウダー
角砂糖
1942年4月 K-1ビスケット
K-2ビスケット
子牛と豚肉のローフ
麦芽ミルクブドウ糖
チューインガム
粉末ブイヨン
角砂糖
K-1ビスケット
K-2ビスケット
アメリカンプロセスチーズ
フルーツバー
チューインガム
粉末コーヒー
角砂糖
K-1ビスケット
K-2ビスケット
豚肉のランチョンローフ
D-レーション
(濃縮チョコレート)
チューインガム
レモンパウダー
角砂糖
1942年8月 K-1ビスケット
K-2ビスケット
ミート缶(詳細不明)
麦芽ミルクブドウ糖タブレット
チューインガム
粉末ブイヨン
角砂糖
タバコ4本
K-1ビスケット
K-2ビスケット
チーズ缶(詳細不明)
チューインガム
粉末コーヒー
角砂糖
タバコ4本
K-1ビスケット
K-2ビスケット
ミート缶(詳細不明)
チューインガム
レモンパウダー
角砂糖
タバコ4本
1944年 クラッカー
シリアルバー
ハムエッグ
チューインガム
フルーツバー
粉末コーヒー
角砂糖
タバコ4本
マッチ
トイレットペーパー
クラッカー小2セット
アメリカンプロセスチーズ
チョコレートバー
チューインガム
粉末オレンジorグレープ
角砂糖
タバコ4本
マッチ
トイレットペーパー
大型クラッカー
ビーフ&ポークローフ
キャラメル
粉末ブイヨン
粉末コーヒー
グラニュー糖
タバコ4本
マッチ
トイレットペーパー
1945年 混合シリアル
K-1ビスケット
ミート&エッグ
フルーツバー
チューインガム
粉末コーヒー
角砂糖
タバコ4本
マッチ
トイレットペーパー
K-1ビスケット
K-4ビスケット
K-5ビスケット
(上記のうち2個)
アメリカンプロセスチーズ
チョコレートバー
チューインガム
粉末オレンジorグレープ
角砂糖
タバコ4本
マッチ
トイレットペーパー
K-1ビスケット
K-4ビスケット
K-5ビスケット
(上記のうち2個)
ミートパテ
キャラメル・ヌガーバー
粉末ブイヨン
角砂糖
タバコ4本
マッチ
トイレットペーパー
以上の物に加え、缶切りと木製スプーンが付属する。
メニュー表を見て気がついたと思いますが、K-Rationには初期の段階から必ず全メニューにチューインガムが付属します。
実はコレには涙ぐましい裏話が存在し、それは・・
1941年にアメリカが戦争に突入すると、多くの物資が軍需用として政府の統制を受ける事になりました。 そのため多くの民間企業は原料不足のため工場閉鎖や業務縮小を余儀なくされましたが、ガムの大手業者のリグレー社は逆に原料確保と業務拡大のため、なんと陸軍に対し「ガムは戦闘のストレスを解すのに有効である」と宣伝し、陸軍とガムの納入契約を結びました、さらにK-Rationのパッキングを行う契約も取り付け、こうしてK-Rationには1箱に1枚づつのガムが入れられる事になったのです。
K-Rationが廃止されたあとも、新型のMCIに付属するアクセサリーパケットにガムは採用され続け、ご存知のように現在のMREにも、アクセサリーパケットの中にはガムが入っていますね。
噛むと言う行為は実際ストレスを緩和し、唾液の分泌で消化を助け、さらにガムに付けられたミントの成分のおかげで食後の口の中を爽やかにする効果があります。 また多少の歯磨き効果も期待できます。
その為現在では多くの国の戦闘糧食に、ガムは採用されるようになりました。
K-Rationと栄養
コンパクトで、全部食べてもとても満腹にはならないK-Rationですが、朝、昼、晩を合計すると、なんと総カロリーは平均3900Kiもあり、 肉体労働者の1日に必要なエネルギーは3500Kカロリーと言われていますので、必要な栄養を補充できている事が分かります。 もちろん短期間の使用が目的なので不足する栄養素はありますが、それにしてもタバコやマッチ、ティッシュなどの嵩張る物があの狭いスペースを圧迫しているにも関わらず、このカロリーを提供できるとは立派なもの。 
ちなみに初期の段階で廃止された麦芽ミルクブドウ糖タブレットと、濃縮チョコレートであるD-Ration(Dバー)は、栄養面ではとても優れていましたが不味いと兵士に不人気で、後に市販品のチョコバーやフルーツバー、キャラメルなどに変更されました。
(当時の軍の規則で、麦芽ミルクブドウ糖タブレットは毎日食べる事が義務付けられていましたが、規則違反者は無数にのぼりました)
K-Rationと兵士
K-Rationは当初、空挺部隊用として開発されましたが、その利便性から一般の陸軍兵士の間にも広く支給されるようになりました。 その為第二次大戦中はC-Rationと共に代表的な軍の戦闘糧食として有名になり、映画やTVドラマの第二次大戦モノにも度々登場します。 TV「コンバット!」や、最近では「バンド・オブ・ブラザーズ」でも重要な小物として各所に登場しましたね。 さてこのK-Ration、実際の兵士たちの間ではどのような評価だったのでしょうか?MILITARIA MAGAZINEのJean Boucheryのレポートでは「1944年、第84師団戦闘部隊が前線に向けて通過する際、短い休息の間に何人かのG.I達が5箱分のK-Rationを開けると、箱からタバコだけを抜き取って、大笑いしながら残りの中身をぶちまけたのだった、他のG.I達も同じ行動をしており、堀の中に箱の中身を本当に投げ捨てていたのである」と、書いています。 また他の記述には「元伍長はK-Rationに入っていた合成レモンジュースの粉末を、戦闘中に飯盒を磨くのにうってつけだったと高言していた」とまで書いており、いかによく出来たK-Rationでさえも、兵士たちの間から「恐怖のK-Ration」と陰口を叩かれ、かなり毛嫌いされていた事が良く分かります。  しかしこれは恵まれた米軍兵士だから言えるジョークであり、旧日本軍の体験記には「鹵獲したK-Rationのメニューの豪華さに目を見張った」とか、「捕虜となったあと、米軍から与えられた箱入りの戦闘食を食べているうちにすっかり体調が良くなった」などという記述はそこかしこで見られます。
K-Rationが評価を落とす原因になったのは、本来2,3日の短期間の使用を目的に開発されているにもかかわらず、時には1週間もKレーションが続く事すらあったという間違った使用方法にあります。 太平洋やイタリア戦線のように補給を人やロバに頼らざる得ない地域では、軽量コンパクトなK-Rationの占める割合が多く、結果、ビル・モールディング著「UP FRONT」に書かれている「K-Rationが引き起こしたトラブルの原因はメニューの単調さから来た物だ、確かに必要カロリーやビタミンは含まれているだろうが、満腹するには程遠く、K-Rationを食べるのには忍耐が必要だった」というように、同じ内容の食事ばかりで慢性的な味覚的欲求不満が障害になってしまったわけです。 メニュー表を見れば分かりますが、確かに何度かのメニュー変更はありましたが、基本的にK-Rationのメニューは1種類であり、朝、昼、晩の内容の違いもそれほどはっきり分かれたものでなかった為、直ぐに飽きがきてしまったのでしょう。


1942年頃のK−Ration 朝昼晩のユニットも、ほとんど内容に違いは無い。

K-Rationのその後
K-Rationは第二次大戦終結まで使用され続け、ピークである1944年には、1億個を越すKレーションが生産されました。 しかし終戦にかけて、さすがのKレーションもCレーションと同様の在庫過剰と言う結末を迎え、戦後の1946年、陸軍食糧協議会はKレーションの生産打ち切りを提言し、1948年には補給本部技術委員会によって廃止されることとなりました。 その後倉庫の膨大な過剰在庫は、ヨーロッパ等の戦災市民への食糧供与などで処分される事となり こうしてK-Rationの短い歴史は幕を閉じたのです。 
その後勃発した朝鮮戦争でもK-Ration復活はありませんでしたが、 K-Rationの軽量、コンパクト、高カロリーというコンセプトは後にLRRPレーションに受け継がれ、現在に至っているのです。




既に半世紀以上経過したK−Rationのオリジナルを入手することは非常に難しいのですが、アメリカにはコレの複製品を作って売っている所もあります。
現在でも扱っているかは分かりませんが、 ココで入手出来るみたいですので、興味ある方は問い合わせてみてはいかがでしょうか?